「住まい」の町医者 タイホウ建設

職人紹介
「素晴らしき匠たち」

|タイホウ建設の職人スタッフ紹介

タイホウ匠会の職人たちはよく「顔が違う!」とお声をいただきます。

家を造るために、たくさんの職種の職人が関わります。
家造り成功の決め手は、その現場を担当するひとりひとりの職人の誠実さと、お互いの信頼関係に基づくチームワークです。タイホウ匠会は一丸となって、お客様の安心と安全をご提供致します。

大工 ()スズイチ工務店 鈴木一郎さん

家業を手伝っていた鈴木さんが、仕事の厳しさを知ったのは、若くしてお父様を亡くしたとき。初めて、外の工務店の仕事をして、自分の未熟さを痛感したという。
 
それからは、ひたすら、いろいろな現場で、様々な仕事のやり方を覚えた。「今の自分があるのは、そのときの経験と、親切に教えてくれた人たちのお陰です。」「今でも、知らないこと、できないことは、たくさんありますよ。」と謙虚に語る鈴木さん。困ったときは、良き仲間達に相談したり教えてもらったりしている。
 
何事にも真面目で一途な性格が災いしてか、昨年、腰を痛めて、一月半も休業してしまうことがあった。普段は、明るく前向きな鈴木さんだが、「このまま治らないのでは・・・」と不安になり、仕事を辞めようと思うほど落ち込んでしまった。そのときに支えてくれたのがご家族。奥様は、通院のときも家の中でも、いつも付き添い、側で励ましてくれた。「仕事は自分一人じゃできません。家族や仲間の支えがあってこそですね。」と、ニッコリ。
 
鈴木さんが、仕事上、いつも心がけているのは「住む人の身になって」ということ。常道や一般論ではなく、「ここに住むこの人が、何を望んでいるか、どうしたら使いやすいか」が一番なのだと言う。「自分は、現場に行くと、ついつい仕事に集中してしまうところがあるので・・・。タイホウさんは、お客様の話を親身になって聞いて対応してくれるし、私にもお客様の気持ちをよく伝えてくれるので、とても仕事がしやすいんですよ。」そして、「お客様に心から満足していただけたとき、この仕事にやりがいを感じるんですよね。」笑顔がステキな“スズイチ”さん。お身体に気をつけて、これからもよろしくお願いします。

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鈴木左官工業所  鈴木始さん

「本当はコックになりたかった」という鈴木さんが左官の仕事を始めたのは、中学を卒業してすぐ。大勢の職人を使っていた左官業2代目親方の家に生まれ、小さい頃から、よく職人の仕事場について行ったという。25歳の時に先代である父が亡くなり、それから本気で仕事を覚えるようになったという。
 
左官の仕事に拘らず、どんな仕事も断ったことがないという鈴木さん。「今までやったこともない大きな現場のときは、さすがに不安だったけど、自分にやらせてくれる限りは精一杯やります。」常に自分の能力や新しいことに挑戦する姿勢と、「何とかしてあげたい、喜ばせてあげたい」という思いが、鈴木さんの行動力と豊かな人脈の源なのであろう。
 
太豊建設との出会いも大工さんの紹介。「太豊の社長は話しやすいですよ。職人の話をよく聞いてくれて、納得したら『じゃあ、そうしてみようか』と言ってくれる。だから仕事がやりやすいんですよ。」ハウスメーカーや大手の工務店では、相談の余地なく、一方的に工程表が渡され、どうしても工期優先にならざるを得ないらしい。
 
この仕事で苦労することは「天気」。室内の京壁の塗り替えも、湿気が多いと1日でカビてしまう。丁寧に塗った壁を、カビをはがして下地からやり直したことは数知れない。「やればやるほど難しい。分かれば分かるほど難しい。『これでよい』ということがないから。」「とっかかったら真剣に・・・。悪いときは素直に謝り、お客さんが満足するまで直す」のが信条。
 
毎年、お正月と夏休みには、必ず奥様と旅行に出かける、その道40年のベテラン左官、鈴木さんは、常に自然体で心優しい匠だ。(金久保)

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ヤマダ工務店 山田重夫さん

「何歳から大工さんのお仕事を?」の質問に、「生まれたときから・・・。ボクは釘袋をぶら提げて生まれてきた。」と、茶目っ気たっぷりに答える。ふっくらした親しみやすい風貌と、温和で控えめな人柄、そして時折見せるユーモアで、現場の雰囲気を程よく和ませ、棟梁としての人望も厚い。
 
宮崎県出身の山田さんは、 16歳から大工一筋。田舎では、職人の種類が少ないので大工さんが何でもやる。一番印象に残っている仕事は、 20年前、宮崎に建てた「お城のような家」で、床柱は 5人がかりでも持ち上げらなかったとか。
 
お客様から「仕事が早くて丁寧」「現場がきれい」と評判の山田さんが心がけているのは、お客様がどういう人で、本当に何を望んでいるのかを把握して仕事をすること。そのために、お客様をよく観察する。これまで、お客様とのトラブルは一度も無い。「ひとつひとつの仕事を納めていけば、仕事は後からついてくるもの。 10年以上お付き合いしているお客さんもいる。」と語る。
 
「太豊建設の社長の良いところは、お客さんをごまかそうとしないで、きちんと仕事をするところ。下職を大事にする会社は長続きする。苦しい時は下職が支えてくれるから。」とうれしい言葉をいただいた。
 
昔は、平面図だけで家を建てていたということだが、お客様のイメージ通りの家を建てるのは難しいのでは?と尋ねると、お客様の考えを 100%分かった上で、それ以上のものを造り、感動を与えるのが大工の腕の見せどころであり、醍醐味なのだと熱く語る。
 
「趣味は仕事。目立ちすぎず地道に仕事を続けていきたい。現場で死ねれば本望。」と、明るく言い切る山田さんは、やはり生まれながらの大工さんであり、正真正銘の匠である。(金久保)
 

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建築板金加工業 ()スズバン 高桑進さん

その道 40年のベテラン板金士高桑さんの仕事場は、一般住宅から神社仏閣に至るまで幅広い。この仕事の魅力と難しさは、平らな板から形ある物を作ること。細工を復元したり、自分でデザインしたオリジナルを作り出すこともあるとか。
 
「きっかけは、姉が板金士に嫁いだから。修業を始めた15才からの3年間が一番辛かった。仲間は次々と辞めてしまい、その時、支えになってくれたのが姉夫婦。仕事を覚えるまでは苦しいが、仕事を覚えた者は辞めない。何事も1人前になるには10年は掛かる。」と、当時を振り返る。
 
「今でも勉強」と言う高桑さんは、優れた職人がいると聞けば訪ねて行き、まず、道具を見せてもらう。腕の良い職人は、道具も自分の手に馴染む物を自分の手で作るという。
 
また、「建築現場では、他の職方に迷惑を掛けない様、他分野の知識も必要」と、趣味と勉強を兼ねて神輿のレプリカも制作している。「当然、現場監督なら、どんなことでも知っていなければならないが、経験の浅い監督の場合は、我々職方が助けている。工務店にとって、大事なことは年数の長さではなく、社長の器量…信用ですよ。 
お客さんとの絆、職方との絆、太豊さんにはそれがある。」と心強い言葉をいただいた。
 
最近は、建てる側も住む側も経験不足だと言う。「今は、住宅も、デザインがスッキリして見栄えの良い既製品が好まれる。施工も簡単だが、味がない。その点、手作りには、重みと深みがあり、飽きない。言わば芸術品である。京都で日本建築を見たら誰でも『良い』と感じるはず。若い人には、日本建築の似合う場所でその良さを感じる経験をしてほしい。」と熱く語る高桑さんは、手作りにこだわる匠の中の匠である。 (金久保)
  
 

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ガラス・金属建具 ()アライECコーポレーション 荒井栄一 社長

荒井社長は、創業80年になる会社の2代目社長。以前は、建材を工務店に卸すことがメインだったが、社長に就任した20年程前からは、一般のお客様のお宅で施工することが多くなり、お客様に喜んでいただける仕事をすることを第一に考えるようになったとのこと。
 
「そのためには、①お客様の要望にできる限りパーフェクトに近いように仕上げること②適正な価格③コンサルティングの3つが大事。要望実現のためには、お客様の話をじっくり聞くことと、それを形にする技術が必要。お客様へプロとしてのアドバイスをしたり、お客様の声をメーカーに伝え、商品開発に活かすことも。」と、おっしゃる荒井社長の信念が、社名のE(エンジニアリング)とC(コンサルティング)に込められている。
 
「太豊さんとのご縁は、TOTOリモデルクラブがきっかけでしたが、『エコリフォーム』という経営方針に共鳴しました。」また、「岡井社長の人柄と、地域社会を大事にする姿勢には頭が下がります。私も『地域密着』を心がけていますが、なかなか実行できないことですよ。」とも。
趣味は、音楽(ピアノ)、美術鑑賞、囲碁と多才。また、ご家族と一緒に楽しむ登山やスキーが健康の秘訣のようだ。「まだまだ、足場に上らなくてはならないから・・・」と、現場の大切さを熱く語る荒井社長は、まだまだお元気で若々しい匠です。 (金久保)

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管工事業 大昭設備工業㈱ 大原浩 社長

今月は、旗の台で、水道などの配管工事業を営む大昭設備工業の2代目社長、大原さんです。 
以前は、大型マンションやビルなどの野丁場(のちょうば)の仕事が多く、経営者にとっては、職人の手配などが楽で、施工も図面通りやれば良かったそうですが、職人同士初対面のことが多く、皆が自分の仕事を優先してしまうため、いさかいが絶えなかったとのこと。また、仕事の依頼主は不動産屋や管理会社なので、引渡しのときも喜ばれることより、文句を言われることの方が多かったとか。
 
太豊建設とのお付き合いは、3年前の現社屋建築の際、大工の生方さんの紹介で工事をお願いして以来。
「太豊さんの現場は、殆どがご近所の住宅なので、お客様の顔が見えて張り合いがある。」と言う大原社長は、悪い箇所の修理だけするのではなく、一通り点検して、アドバイスもしているとのこと。「『よけいなこと』と言われるときもあるが、プロとしてお客様のためにお知らせしている。」また、「技術の進歩で誰でも簡単に施工できる材料もできてきているが、知識と技術とお客様との信頼関係は誰にも負けない自分の誇り」とも。
 
当社の印象を尋ねると、「社長もタイホウ匠会の職人さんたちも皆、仕事がとても丁寧。協力して良いものを造ろうという同じ気持ちの仲間なので、とても現場が楽しい。できれば、地域の仲間たちと、いつまでも楽しく仕事をしていきたい。」と微笑んでいました。  (金久保)

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電気工事業 ㈱プラネット 専務 関根一生さん

高校時代から家業の電気工事の仕事を手伝っていた関根さんが、後を継ごうと決意したのは22歳の頃。最初は社長であるお父様に「中途半端な気持ちではダメだ」と言われ、入社に半年掛かったそうです。

 
仕事で大変だと思うことは、次々と開発される新製品に対応できるよう、常に情報収集し、技術を習得しなくてはならないこと。嬉しいときは引渡しの際で、「電気をつけた瞬間、お客さんが『いいねー!』という驚きと感動の声を上げたとき」とのこと。
 
座右の銘は「継続は力なり」。「毎回、感動を与え続けるには、前回より良い仕事をしなくてはならない。そのためには、技術を磨き、自分を向上させていかなければ…。」という真摯な思いが関根さんの「力」となっているようです。
 
また、「ただ、図面通りに施工するならたやすい。住む人のことを考え、例えば、家族が増えて増築する可能性があると思ったら、その時に対応できるよう、分電盤や配線の位置を工夫したり、専門家としてお客さんにアドバイスしたりする」そうです。
「太豊さんの現場はとてもやりやすい。困ったときは他の職方さんに相談することにしているが、仕事の手を止めて聞いてくれる。」と言う関根さんも、他の人の作業工程を良く聞き、やりやすいように配慮して仕事をしているとのこと。
「皆さん、思いやりがあり、仲間意識が高い。だから、良い仕事が気持ちよくできるんですよ。」と、にっこり笑う関根さんは、コミュニケーションの面でもタイホウ匠会の若手ホープ的存在です。

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高橋組 高橋渉さん

 西大井在住の鳶職の高橋さんは、若い頃、建築関係の営業などをしていたそうですが、「現場で物造りをしたい」との強い思いから、今のお仕事を始めたそうです。 

「自分の仕事は、建物の一番肝心な基礎を造ること。基礎に狂いがあると、きちんとした家は建たない。また、自分が良い仕事をしないと、後に入る職人さんに迷惑をかける。」と、常に、完成したときのことを思い描き、後の人が安全に良い仕事ができるよう、そして、ご近所に迷惑をかけないよう考えて仕事をしているとのこと。
また、鳶職は、建築の最初と最後に携わるので、特にリフォームの場合は、古かった家が見違えるようにきれいになったのを見ると、驚きも感動もひとしおだそうです。 

「建築の仕事で一番大事なことは?」と尋ねると、「それは、チームワーク。家造りには多くのいろいろな職人が関わる。意見がぶつかることもあるが、それは、皆が、お客さんに満足してもらえる家を建てたいと思っているから。しかし、ぶつかってバラバラになってしまっては、良い家は建たない。『タイホウ匠会』は、意見を出し合った後、相談しながら、気持ちを一つにしてやっていける。その良い雰囲気を太豊建設の社長が作ってくれている。良い出会いに恵まれ、とても感謝している。これからも、今まで通り、順調に仕事ができれば・・・。」と、おっしゃる高橋さんは、プロとしての誇りと情熱、そして、仲間を思いやる優しさをお持ちの方です。 (金久保)

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(有)三美塗装  遠藤修一社長

  ()三美塗装の遠藤社長は、現在 7名の職人さんを抱える経営者である。
「確かに自分は経営者ではありますが、その前にひとりの職人です。予算がないからといって、中途半端な仕事は出来ません。自分のした仕事は何年間も地域に残っていくものですから。」と独特の笑顔で淡々と語るその表情には、仕事に対するプライドと地域のお客様への誠実さが強く感じられる。

 
開業は、昭和24年。お父様である先代社長が「遠藤塗装」として品川区豊町で始められた。ご長男である現在の遠藤社長は、高校を卒業と同時に2人の同級生を誘い「遠藤塗装」へ就職。10年間の厳しい現場での修行を経て、28歳の時に社長に就任された。二人の同級生も揃って役員になり、社名も「三人で美しい仕事を」の思いを込め「三美塗装」に変更した。
 
新築でもリフォームでも、家造りの仕上げである塗装工事は見栄えの美しさだけではなく、家を保護して長持ちさせるという大変重要な役割を持つ。それだけに、全幅の信頼をおける業者でなければならない。「太豊建設さんとは、先代の岡井社長の頃からのお付き合いですから・・・。」と言っていただける遠藤社長には、「タイホウ匠会」の中でもリーダー的存在になって頂きたいと思っている。
 
最後に、「自分が仕事に専念できたのは、家庭を守り支えてくれた妻の存在があったからこそ。」と奥様への感謝の気持ちを忘れなかった遠藤さんでした。サスガ!(岡井)

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生方工務店(品川区西中延) 生方丈夫さん

福島県生まれの生方さんは、10代半ばに、大工のご親戚に弟子入りしました。当時、一人前になるには、普通5~6年は掛かったそうですが、生方さんは4年で修行を終えたとのこと。それには、まず本を読むこと、そして、親方の技を盗むことだそうです。「親方は、いくつもの現場をかかえているので、1つの現場に毎日くるわけではない。来たときは、一生懸命に親方の仕事を観察した」そうです。
また、生方さんは、若い頃からとても後輩の面倒見がよく、自分が修行を終えても、一番下の後輩が一人前になるのを見届けてから、東京に出てきたそうです。結婚後は豊町に移り、ちょうどその頃創業した太豊建設とのお付き合いが始まりました。「大工は(建築のことなら)何でもできる、また、できなくてはならない」という高い誇りと、他の職人さんや若い設計士さんにもいろいろと教えてあげる優しさをお持ちで、目配り、気配りの利く、チームワークを大切にする方です。
そんな生方さんが、一番難しいと感じることは、「旦那の頭を研ぐ」ことだそうです。「住宅はめったに買えるものではない。手間も資金も掛かる。建て主の気持ちになって建てることが大事。だから、必ず建て主に会って、どういう人か、どういう気持ちかを確認してから仕事をする。」また、「安くて良い物は無い。より美味しいものを食べるには、よりお金を出さなくてはならない。建築も同じだが、建て主の立場になり、良い仕事をいかにして安くするかを常に考えなければならないし、これがとても難しい。」とおっしゃっていました。
今後の抱負は、「怪我をしないように働くこと」。生方さん、いつまでもお元気で良いお仕事をしてください。(金久保)

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